第5回石丸サッカー放浪記

前回の続き、のような記事です。

プノンペンでの生活を終えて。

その前に二つほど紹介。

1つは、お世話になっていたSOLTILOのスクール事業が国際的な賞にノミネートされていたこと

https://www.google.co.jp/amp/s/www.nikkansports.com/m/soccer/news/amp/201908160000913.html

もう1つはプノンペンでとてもよく面倒を見てくださった方が自分が旅立った後に書いてくれたブログ

https://tikitaka358.amebaownd.com/posts/6792661

プノンペンでの暮らしは日本での暮らしとそれほど変わらなかった。というのは、生活に困ることも少なかったし、不便もなく、そしてなにより日本人と過ごす時間が長かったからだ。

勿論、この前書いたようにサッカースクールでは多種多様な国籍を持つ子供たちと関わっていたのだが、それ以外の時間の方がよっぽど長かった。

そして、その時間がものすごく濃かった。

離れたいま振り返ってみるとすごく人間臭いところだったように思える。

いままで過ごしてきたどんなところよりも人と人との距離が近かった。

学生の自分1人に対して、4人の大人の方が囲んでくれた1ヶ月だった。

普通に学校生活を送っていれば、関わるのは同年代が大半。だから今回多くの年上の方の中で一緒に過ごせたのはとてもいい経験になった。

経験値の違い、やってきたこと、考えてきたことの違いで、こうも見えている世界が違うのか、ということを痛感させられた。

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嫌いな質問がある。

「将来の夢は?」

「東大に入って何したいの?」

よく聞かれるこれらの質問。嫌いな理由は、本来はしっかり向き合うべき問いだと感じていつつも明確に答えられないからだ。

だから、いつも澄まし顔で、時にはおどけて、本質的でないぼやけた回答をしてやり過ごす。

そんな回答でも多くの場合は受け入れてもらえる。

最近多い質問はこれだ。

「なんで旅に出たの?」

この質問は、旅に出てから何度も自分自身にも投げかけている。それと同時に、この一年の経験が自分にどう役立つのか、よくわからず不安になることもある。

けど、旅に出た理由や目的は元々あったわけで、質問された時はすんなり答える。

すると、感心してもらえる。「”若くて”、”東大生で”、そんなこと挑戦するなんてスゴイね!」

と言われることが多いのだが、今回カンボジアで共に過ごした人たちにはうわべの回答は通用しなかった。

自分の中にある迷いや不安を見透かされた。まさに路頭に迷っている感覚を覚えていた自分に「このまま旅を続けても路頭に迷うだけだ」と厳しい言葉をかけられた。

「若い」ことも「東大生」であることも否定され、今まで表面的な回答でやり過ごしてた問いにしっかりと向き合わされた。

質問に対する本質的な答えを決めろと言われたわけではなかった。ただ、いつものように曖昧な受け答えで乗り切ろうとすることを認めてくれなかった。考えることから逃げさせてくれなかった。

でも、こうやって本質に向き合わせようとしてくれるのは本当に自分のことを思ってくれてるからだ。

そうじゃなかったら表面的な回答をそのまま受け入れて表面的に誉めた方が楽だから。

実際、ここで自分の面倒を見てくれていた人たちは測りきれないほどの熱量も時間も自分に割いてくれた。1ヶ月しかここに関わらない自分に対してどうしてここまで親身になってくれるのか、正直わからないほどの真剣さだった。

だからこそ、それに応えたくて少しでもこの滞在中に変われるようになりたいと思わされた。

心がすり減りそうになるくらいまで、自分のこと、他人のことを考えた。外の世界にもたくさん目を向けて情報も仕入れた。

自分のやりたいことが少しずつ見えるようになってきて、自分の無知さも未熟さも知った。

社会のこと、世の中のことについて知らないことが多すぎること、自分の考えもなおまとまっていないことに気付かされた。

やりたいことが多すぎて時間が足りなくなった。

こんな経験は初めてだった。

睡眠時間を削ってまで、心の持ち方について遅くまで語り合った。こんな濃い時間を毎日他人と共有することも初めてだったし、相手からの問い、指摘に言葉を失わされる経験も初めてだったし、自分のことをこっぴどく否定される事も初めてだった。

国語とか算数がどうとかではなく、内面、心について沢山教えてもらった。勉強させてもらった。

こういうことを教えてもらえる場が限られていると思うととても勿体無く感じられるし、自分が教われたことを幸せに思う。

点数稼ぎの手段としか捉えていなかった”勉強”だが、本当にやりたいことが見えてくればそれは不可欠なものになるし、”学ぶこと”の喜びも教えてもらい、貪欲に求めるようになった。

出発前に想定していた優雅な世界一周の旅の話じゃないし、ア式のホームページの1ページをお借りしてこうした文章を書くのは恐縮ではあるものの、かけがえのない経験をさせてもらったしその感謝も込めて書くことにした。

そして、ビジョンのない将来に漠然とした不安を抱いている学生は自分だけではないと思う。そういう人たちにこの経験を少しでも共有して、これが何かのきっかけになればいいな、と。

うまく伝えられている自信はないが、冗談抜きで空っぽな日々を送っているように感じる人は長期休みの1ヶ月でもここに来てみればいいと思う。来て関わればわかるものがあるから。

最後に、強く印象に残ってることを

・カッコいいと思わせてくれる人、ついていきたいと思わせてくれる人が身近にいることの幸せ。

・似た者同士で集まれば自分が否定されることも少なく安定して心地良い。でもその心地良さに浸かってばかりだと成長はできない。

人に好かれることばかりを求めて生きてきた気がするけど、それ以上に人を好きになれるような人になりたいと感じた。自分がそうしてもらってきたように。

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隣にいるその人のことをどれだけ知っていますか?

その人のことをどれだけ喜ばせようと考えていますか?

せっかく多くの時間を一緒に過ごしている相手がいるなら、表面上の付き合いから一歩踏み出したところまで付き合った方が良い。

別にカンボジアである必要もなかった。考え方次第で、自分のスタンス次第で見える世界が変わってくる。

とか言って意識しようとしてやっててもなかなか簡単にはできていないのが現実、、

身近なところから少しずつ始めていきたい。

でも、今はこの旅でいろいろな事を吸収できて、それを自分の将来に結び付けられる自信がある。

お世話になりました、本当にありがとうございました!

忘れられない誕生日と忘れられない家族のような空間でした!

あれ、2ヶ月ってこんなに長かったっけ。

2019年9月6日

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