世界最高峰の一戦に見るペップの思惑…東大ア式テクニカルによる徹底分析

初めに

先日行われたビッグマッチ、マンチェスターシティvsリヴァプール。新歓記事ということで今回は普通のマッチレポートとは趣向を変えて、同じ試合を両軍の立場から分析していこうと思います。マンチェスターシティ側を普段シティの試合を欠かさず観戦している弊部テクニカルスタッフ2年高口が、リヴァプール側をKOPである同じく弊部テクニカルスタッフ2年の髙橋が分析します。

キックオフ前

スタメンは以下の通り。バック陣に特にサプライズはない。最近のペップは2-3-5(2-3-2-3)の3に配球力のある選手を配置することを好む。右利きのカンセロを左SBに起用するのも逆サイドへのスムーズな展開を意識してのものだろう。ちょっとしたサプライズは前線の選手起用だ。この大一番で安定感のあるマフレズよりもジェズスを起用してきた。どうやら右サイドにジェズス、左サイドにフォーデンと順足ウィンガーを配置している。そしてその意図は試合開始と共に次第に明らかになる。

前半

試合開始直後

開始直後からシティの積極的なプレスが刺さる。リヴァプールも負けじとプレスをかけ返し、両軍のテンションはフルスロットル。シティの両CBのキャンセル力はえげつない。SBが幅を取る構造なので、安易にそこに出すとハマってしまうのだが、相手の矢印を読んでうまくやり直している。一つラインを飛ばしてライン間のスターリングにつけようとしても、マティプファンダイクに封殺されてしまう開始数分。

と思ったらいきなりビッグチャンス。ラインの背後で受けたデ・ブライネがスピードアップ。そのまま預けたジェズスの折り返しにスターリングが合わせるもアリソンのビッグセーブに阻まれる。しかし直後の5分、リスタートからデ・ブライネが左足を振り抜き、早くもシティが先制。

完全に余談だがこの日のエティハドはたっぷり水を撒いてそう。転倒者続出。ピッチ整備も勝利のための準備の一つ。

シティのプレス

シティは4-4-2でハイプレスをかける。最近は4-2-3-1(4-4-1-1)でのプレスを好んでいたが、今回はデ・ブライネを一枚前に出してスターリングとツートップを組ませ、リヴァプールの両CBの自由を奪っていた。4-4-2プレスとは言っても日本代表のような片方にアンカーを見させて、もう片方がCBにプレスいくというようなやり方をカッチリと遂行していたわけではない。むしろこのプレスの狙いはアンカーを経由させないことというより、確実にCBから時間的猶予を奪うことにあるようだった。もちろんツートップ間を割られないようにアンカーは気にしていたが、アンカーを見きれない時はベルナルドが前に出て対応していた。中盤のラインの横の鎖を引きちぎって前に出るベルナルドの判断は非常に難しい。指揮官との信頼を感じさせるタスクの振られ方だった。

今回4-4-2プレスを採用した理由は二つあると考えられる。一つ目はマティプの存在だ。ところでそもそも4-2-3-1プレスはどのようなメカニズムだったのか。ワントップに相手CB間のパスコースを切らせつつ横から寄せさせ、トップ下(主にデ・ブライネ)にアンカー番をさせる。そしてひとたびサイドに出させたら一気に全体をスライドさせて圧縮するというものだ。このプレスの構造上どうしてもボールを握る相手CBに前方のスペースを明け渡すことになる。マティプの運ぶドリブルでは横から寄せるプレスを平気で剥がされてしまう危険性がある。もう一つはチアゴの存在だ。リヴァプールはファビーニョのワンアンカーだが、ボールプレイヤーでアンカー気質のチアゴが中盤のトリオに入ると微妙に様子が変化する。チアゴはライン間にたゆたうのではなく、頻繁に下がってボールに絡むため、ダブルピヴォのような配置をとることも多い。その場合、デ・ブライネにアンカー番をさせるだけでは事足りない。しかしこの問題は4-4-2を採用しても対処しきれなかった。結果としてジェズスがロバートソンとチアゴを同時に見るという複雑なタスク(マフレズには少し荷が重い)を課されることになった。この辺りまで計算してのジェズス起用であったならば、さすがと言わざるを得ない。

もちろんプレスをうまくいなされてしまったら無理して人を出すことはしない。すかさずコンパクトな4-4-2に切り替える。試合を通して思ったことだが、ミクロに見るとやっぱり違うものの、まるで鏡写しの試合を見させられている気分だった。世界最高峰ともなると考えることは同じらしい。

10分のブロック守備では、WGを最終ラインまで戻してほぼ6枚で守っていた。序盤のリードを手堅く守りたい慎重さが伺える。しかしそれも束の間、12分に早くもジョタのイコライザーが決まる。シティお得意のハーフスペースからの視野外クロスにマイナスの折り返しという完璧な崩し。そしてロバートソンとアーノルドの両翼が絡んでのゴールはリヴァプールのお家芸になりつつある。

シティのビルド

結論から言ってしまえば、この試合のキーワードは「最終ラインの背後のスペースをどう管理するか」である。現代サッカーにおいて強豪と目されるチームは皆、ボール保持でも非保持でも試合の主導権を握ろうとする。ボール非保持において、主導権を握る方法の一つはプレッシングである。リヴァプールも例外ではなく、非保持では積極的にプレスをかけてくる。逆に言えばシティの試合運びはリヴァプールのそうしたプレスにいかに対応するか、ハイラインのその後ろに控えるスペースをどう攻略するかに最大の比重が置かれていた。

シティのビルドではベルナルドがキーマンの様子。CB近くまで降りてボールを引き取り、的確に引きつけてリリースを繰り返す。幅はSBが取り、WGはハーフスペースに位置している。

概して、この試合において明らかにシティは縦にスピーディな展開を狙っていた。そのための順足ウィンガー起用であり、そのためのベルナルドとロドリのダブルピヴォ大作戦なのだ。リヴァプールのプレスは4-1-4-1でセットし、横パスをスイッチにIHを押し出して人を捕まえにいかせるという構造。もちろん最終ラインを1人余らせるなんてことはしないし、できるはずも無い。リヴァプールのプレス強度をもってしても、今のシティに8vs6のビルドなどさせてしまえば後手を踏むことは火を見るより明らかだ。


シティとてあのリヴァプールがプレッシングしてくることなど織り込み済みである。中途半端なパスで掻っ攫われてしまえばたちどころに一点、しかしプレスラインを突破してしまえば、最終ラインは数的均衡、ハイラインの背後に広がる広大なスペースを手にすることができる。
ならばプレスを誘発させてしまえばいい、とペップは考えたわけだ。実際にシティのビルドにおいていつもよりエデルソンのボールタッチは多かったように感じるし、CBはボールの循環よりも、ジョタに正対して睨み合うのを優先するようなボールの持ち方をしていた。ベルナルドが運べそうなシーンでもくるりと後ろを向いて横パスやバックパスを選んでいたのも印象的だ。シティがダイレクト攻撃をする回数も体感多かったと記憶している。まさしくこの試合でシティは中盤を省略していた。

順足起用とベルナルド落ちのわけ

サイドで起用されたジェズス、フォーデンはどちらもスピードがあり、フィニッシュワークまで自己完結させることのできる選手だ。スターリングの得点感覚は言わずもがな。順足を起用した理由はスピードに乗った状態で素早くクロスを中に放り込むためだろう。擬似カウンターを打つチャンスを得た時に、逆足ウィンガーではいささかスピード感に欠ける。ベルナルドがアンカーと同ラインまで落ちたのは、なるべくリヴァプール選手を前のめりにさせ、ライン間を押し広げ、あわよくばファビーニョを釣り出すためだと思う。ファビーニョのスペース管理能力とカウンターの芽を確実に潰す守備対応は厄介なので、できれば退かしてしまいたいというわけだ。やはりマンツーマンのハイプレスに対しては、降りる選手を作るのが定石。どこかで相手がついてこなくなる瞬間がある。


まあもちろんそれだけではないだろう。今期の初戦でベルナルドは圧巻のパフォーマンスを発揮しており、圧倒的なドリブル能力を活かして低い位置から縦横無尽にボールを運べていた。リヴァプールのプレスに対し、指揮官が最も信頼を置く選手に組み立てを任せるのは何も不思議なことではない。

シティにこのようなゲームプランを選択させたのは対戦相手がリヴァプールだったからに他ならない。今のプレミアにおいて、リヴァプールのプレス強度は高いとはいえ、これくらいの強度を持つチームは他にもある。しかし前線にサラー、マネ、ジョタという鬼畜な三枚を並べる相手にプレス回避を試みるのはリスクの方が大きく、そしてそれ以上に、リヴァプールに主導権を明け渡したくないとペップは考えたのではなかろうか。ゆっくり攻めるスタイルの申し子とも言えるシティのこの割り切り方には驚いたが、同時にこれ以上なく合理的なやり方だと感じた。

リヴァプールの守備対応

シティの意図に気づくや否やリヴァプールはボックス内まで襲い掛かるハイプレスを控えるようになる。この辺りの応手も見ていてすごい楽しい。だがそうすればシティがやることはいつも通りに戻る。リヴァプールは4-1-4-1のミドルブロックで構える。とてもプレス主体のチームだなんて思えない程にライン間も狭く、非常にコンパクト。もちろんコンパクトな守備陣形はとても大事だし、間延びすればいいように使われてあっという間に前進を許すことになるのだが、かといってコンパクトであることのデメリットがないわけではない。ライン間が狭いということは、最終ラインの背後には大きなスペースがあるということだ。どれほど陣形をコンパクトにしても、守るピッチサイズが縮まるわけではない。ブロック内の網目を細かくすればするほど、逆サイドや裏のスペースは広がる。


もちろん足の速い選手や競り合いの強い選手を起用することで、ライン間と裏を同時に管理することはできるし、現にレアルやシティはそうやって守っている。ファンダイク擁するリヴァプールだって例外ではない。そうは言っても、そこにスペースがあるのならリスクはどうしたって存在してしまう。結果としてリヴァプールで狙われたのは、
対応の粗さが目立ったアーノルドだった。28分のカンセロの抜け出しからのデ・ブライネのあわやというシーンはいい例だろう。通常これほどの高さで最終ラインを維持するためには、ボールホルダーにプレッシャーがかかっていることが欠かせない。しかしシティは中盤を空洞化させ、人員を裏駆け引き部隊とビルド部隊に振り分けることで後方に過剰に選択肢を作っていた。リヴァプールはその全ての選択肢を消すことはできない。結果としてビルド隊の誰かがフリーかつ前向きの状態でボールを持てるシーンが多かった。時折リヴァプールが全ての選択肢を塞いだシーンもあったがシティは全く慌てない。その時は稼いだハーフコート分の高さを惜しげもなく捨て去り、エデルソンへとボールを返す。こうしてシティはリヴァプールがミドルで構えてこようと、ダイレクトに裏を狙うことで優位に駆け引きを進めていた。

そしてまたまた完全に余談だが、自陣の深いところから速いボールをカーブかけて裏に出すプレーってなんかすごく気持ちがいい。31分にデ・ブライネとヘンダーソンが立て続けに2回やったのには痺れました。

35分にコーナーからのこぼれ球をカンセロが拾ってクロスを上げ、ジェズスが決めてシティが追い越し。ラインを上げるリヴァプールの裏をかくランニングが貴重な一点に結びつく。やはりこの試合を通じて、アーノルドの裏対応は甘いと言わざるを得ない。シティは受け手としても出し手としても非常に優秀なカンセロの価値を再確認する形になった。リードしたシティはブロック時にまた6枚敷いている。ペップはシメオネに何か吹き込まれたのだろうか。

40分台に入ると多少オープンな展開へ。42分のフォーデンのアーリーなどは、順足のメリットが炸裂したシーンだった。

後半

濃密な前半が終わり、勝負の後半へ。お気づきの方もいると思うが、やたらと冗長になってしまった。後半は控えめにするのでどうかもう少しお付き合い願いたい。

息つく暇もなく開始50秒でマネが同点弾。視聴者を休ませる気すらないらしい。もちろんウォーカーの絞りが若干甘かったのが原因だが、これはターンからスルーパスまでの流れがあまりに滑らかだったサラーを賞賛するべきだろう。

後半になってもシティの方針はあまり変化していないように見える。後ろで繋いで、詰まればひっくり返す。もちろんシティの前線では競り合いに勝ちづらいが、セカンドを回収すれば一気にスピードアップできる。警戒して勝手に相手がプレスラインを下げてくれれば、ボールを運ばずして前進できる。しかしながら後半最初にペースを握ったのはリヴァプール。シティのコンパクトな4-4-2の裏や、スライドしきれないサイドをロバートソン、サラーがドリブルで駆け上がるシーンが多く見られる。51分のジョタのシュートもxG0.5はあったのではないか。

お互いに裏のスペースを狙ってダイレクトに攻撃していくと、トランジションが増え、試合は次第にオープンになっていく。今期初戦もそうだったが、この2チームの試合はプレスをかけ合う結果、早い時間帯からオープンな展開になる。オープン勝負ではベルナルドのような体力お化けやデ・ブライネのような推進力お化け、サラーのようなキープ力お化けによる質の殴り合いになりがちで、最高峰を突き詰めた結果却って原始的になるのが結構面白い。

62分シティに二度目の勝ち越し点が生まれる。リヴァプールのブロックが少し緩んだ隙を見逃さず、ライン間で浮いたデ・ブライネがスルーパス。ハイラインの背後をつく狙い通りの一撃でスラーリングがきっちり沈めた。と思ったらVARで取り消し。この微妙な判定は流石に同情せざるを得ない。


70分台に差し掛かると、シティのプレスの圧力が疲労で担保されなくなり、次第にミドルで構える時間が増える。リヴァプールは必然的にボール保持の時間が長くなり、オープンな展開が少し緩和された。74分のマフレズ、82分のグリーリッシュという逆足ウインガーの投入はクローズドな試合展開を望むペップからのメッセージだと思う。疲労の溜まった中盤をボール保持で休憩させ、じっくりとブロックを崩し、三度目の勝ち越し点を狙いにいく腹づもりだったのだろう。その狙いに呼応するかのようなフィルミーノの投入。だがお互いにボールを握りながらも点が入らないまま時間は過ぎ、ここで試合終了。

終わりに

サッカーの分析には二つの階層があると思っています。一つ目はゲームプランを読むこと。これはこの記事のようにシティがリヴァプール戦のために策定した方針を分析することです。二つ目はゲームモデルを読むこと。これはチームが共有しているプレーの約束事、意思決定の基準を分析することです。お分かりかもしれませんがこの二つは似て非なるもので、ゲームモデルはゲームプランよりもずっと深いところに位置しています。対戦相手というフィルターを通してゲームモデルを眺めた時、出力される結果がゲームプラン。ゲームプランの根底にはゲームモデルの存在がありますが、ゲームプランによってゲームモデルの存在が揺らぐことはあり得ません。

僕はゲームプランの意図を読み取るのに正解不正解はないと思っています。今までつらつらとペップの意図なるものを好き勝手に書いてきましたが、ペップに聞けば「そんな大層な話じゃないさ。ただ、コンディションがいいからジェズスを使ったまでだよ」と返されるかもしれません。あるいはコンディション重視で選手選考をし、プランは選手に合うように後付けで練った可能性もあります。

しかしこれと対照的に、ゲームモデルを読む作業はあまり間違いが起きません。チームの過去の試合をたくさん見れば、自ずと共通部分を括り出すことができるからです。テクニカルではこのゲームモデルを抽出する作業をスカウティングと呼び、公式戦の対戦相手校に対し行っています。
この記事を読んで少しでもピッチ上で起こっているプレーの裏側を探る面白さや、戦術的な駆け引きの奥深さに興味を持っていただけたら、下のTwitterからご連絡ください。もちろん部室にお越しになるのも大歓迎です。4月27日にはテクニカルスタッフの説明会をズームで開催します。心よりお待ちしております!

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