強化ユニット活動記録 〜なぜ学生が「林陵平監督」を招聘できたのか?〜

文責: 髙橋 俊哉 (強化ユニット長、新3年)

 

 

「ダメもと」から生まれた林陵平監督

 林陵平選手と初めて連絡を取ったのは12月も半分が終わった頃でした。現役生活最後の試合を前に、京都から電話を下さったことを覚えています。

 

 9月ごろから本格的に新監督の調査・交渉を始め様々な方との接触を行っていた強化ユニットでしたが、12月ごろに活動は行き詰っていました。我々ア式蹴球部の学生だけではサッカー界とのつながりも少なく、また新監督の候補として見込んでいたプロジェクトが頓挫したことも原因の一つです。来季に向け時間も殆ど残っておらず、かなり追い込まれた状況でした。

 そんな中、何の気になしにインターネットで「今季引退する選手一覧」を見ていたところ、そこに林陵平選手の名前も載っていました。林陵平選手といえばJリーガー随一の欧州サッカー好きとして知られ、また東京ヴェルディ時代にはロティーナ監督の指導も受けていた選手です。本来なら東大“ごとき”では手が届く人ではなかったかもしれませんが、ギリギリの状況だったからこそ「ダメもと」で連絡を取ってみることにしました。

 幸運だったのは、水戸ホーリーホックのGMである西村卓朗さんとお会いする機会が以前にあったこと。西村GMに林選手との取次ぎをお願いしたところご快諾を頂き、冒頭のように直接コンタクトを取ることができました。

 

 その後林氏とは数回お会いし、東大ア式の指揮にも興味を持って頂けました。最終的な障壁となったのは金銭面でしたが、2020年からスポンサー費を頂いていたこと、そしてLB会(OB会)からのご支援もあり、無事に契約に至ったのです。

 

学生が担った新監督招聘、その中心となった強化ユニット

 そもそも強化ユニットは、サッカークラブで言うところの「強化部」に当たります。ただしプロのクラブと異なり選手を補強できる訳ではありません。指導という観点から東大ア式の強化を図っていくこと、そして長期的な視点での強化戦略を立案しクラブとしてのサッカー哲学を形成・継承していくことが我々の目標です。所属しているメンバーは全員学生で、スタッフと選手の合計10名ほどから構成されています。

 

 強化ユニットが発足したのは活動停止中だった2020年の4月頃です。山口遼前監督の退任がほぼ確定的だった中、その山口前監督から次の指導者について学生で決めてはどうか、と提案されたことが契機となり、このプロジェクトは始まりました。

 それまでの東大ア式ではOBの方々からの紹介で指導者を招くことが多く、実績のあるコーチばかりだった一方で、指導の一貫性という面では難しさがあったのも事実です。この「一貫性」は大きなテーマであり、山口前監督の下で見せたサッカーを継承したうえで更に進化させられることが新監督に求める最大の条件となりました。

 

 しかし、我々が持っている情報などが殆どない中、条件ありきで監督を探すのはほぼ不可能です。そこで、何人かの候補の方に模擬練習を組んでいただき、練習内容やコーチングを見て東大ア式とスタイルの合う監督を探すという手法を取りました。

 強化ユニットには選手も数人所属しており、彼らの感想も聞きながら慎重に選考を重ねていきました。選手が監督の選考に関わるというのはやや特殊ですが、非常に中立的な視点で意見をくれましたし、この過程により新監督との信頼関係を築けるというメリットもあったと考えています。また、様々な方の実際の指導を見ることで我々としても新しい発見や学びも多く、非常に有意義なものとなりました。

 

 林監督も決して「特別扱い」はせず、模擬練習を経た上でオファーを出しました。招聘の決め手となったのはネームバリューではありません。サッカーに関する知識はもちろん、東大ア式のサッカーとも親和性の高いロティーナ監督の下でのプレー経験があり、元プロならではの個人戦術・技術に関する指導も期待できました。また人脈などを含め東大ア式にもたらす影響を考え、短期的・長期的双方の視点から林監督がベストだと考えたからです。

 新監督には、昨年までの戦い方をベースとしながらも技術やフィジカルといった弱みを弱みのままにせず、1部の舞台でも通用するようなチームを作り上げていってほしいと期待しています。

 

重視した「一貫性」と東大ア式の理念

   上でも触れたように、今回の新監督招聘に際し最も重視したのは「一貫性」でした。

 競技の部分では、昨年まで志向していたサッカーの特徴は一口に言えばポジショナルプレーということになります。試合だけでなく、練習についても独特ながら理論的なメニューが組まれていました。当初我々が望んでいたのは、そのスタイルを忠実に継続してくれる監督です。

 しかし結論から言えば、そんな監督は存在しません。負担の大きさなど問題点があるため避けたいと思っていましたが、継続路線を取るためにOBコーチに指揮を任せるという案も有力になっていました。

 

 ここで1つのアドバイスに出会います。それは「1つのサッカーに拘り過ぎない方が良い」ということ。現在J1クラブでコーチをしている方からお話を伺った際に頂いた言葉で、「一貫性」に拘るあまり視野が狭くなり活動が行き詰っていた自分たちにとってかなり重要なヒントになりました。

 

 もう一度基本に立ち返り、何を重視したいか、何を一貫させたいかと考えた結果、最も優先したかったのは「頭を使い戦術的に戦う」という点でした。

 個人の技術やフィジカルは我々の弱点である一方、戦術面の知識とそれを実践する能力は確かな強みであり、過去3年で通用した部分でもありました。幸いにも、東大ア式には戦術面で優位をもたらすテクニカルチームという財産も存在します。目標である都1部残留、そして関東昇格を達成するために、この強みを一貫して将来へと繋いでいこうと思ったのです。

 

 もう一つ譲れなかったのは「『ボールを扱う』というサッカー本来の楽しさに触れる」という部分です。これは山口前監督のゲームモデルであり、「大学で競技から離れる人の多い東大ア式において、サッカー人生の最後はサッカーの楽しさを味わってほしい」という想いが込められています。この考えには強い共感を覚えており、今後の監督人選においても重視し、東大ア式のサッカー哲学としてつなげていきたいと考えています。

 

 「一貫性」にこだわったのにも理由があります。決して強豪とは言えない現状では、競技面において他の大学との差別化を図らなければ中堅チームの“one of them”として埋没してしまうという強い危機感がありました。唯一無二の特徴を持つことは、他でない東大ア式が存在する根源的な理由につながります。

 ここ数年間はピッチ内外における変革期でしたが、確実に良い流れができ始めていると感じています。この流れを一過性のものにせず、東大ア式の新たな伝統とするためにもここで「一貫性」を持つことは非常に重要だと思います。

 

おわりに:「学生主体のチーム運営」のこれから

 さて、東大ア式ではここ数年間、学生主体でのチーム運営に取り組んできました。今回の強化ユニットの活動だけでなく、林監督を招聘できた大きな要因としてプロモーション活動を展開しスポンサー費を獲得したことも挙げられ、チーム全体としての一つの成果だと言えます。この学生主体のチーム運営は、新監督を探すうえで重要視した条件でもありました。

 

 昨今、「学生主体の運営」は大学スポーツ界において大きなテーマとなっているように感じています。しかし、ピッチ内の事象において学生が主体的に意思決定に関わる事例は少ないのではないでしょうか。新監督の調査に先立って他大学の指導者事情についても簡単に調べましたが、参考にできそうなケースは殆どなく途方に暮れたことを記憶しています。

 我々の場合はOB・OGの方々が温かく見守ってくださったため、環境としては非常に恵まれていました。同時に、現役部員としても何らかの形で還元していかなければならないと痛感しましたし、未来の後輩たちにこの環境を残さなければならないとも思いました。

 ピッチ外とピッチ内の活動は車の両輪のようなものであり、切り離していけるものではないというのが自分の意見です。ピッチ内に関する領域でも主体性を持って活躍する学生が増えお互いに切磋琢磨していければいいですし、今後このような取組を行う大学があるかは分かりませんが、もし東大ア式の活動が一つのロールモデルとなるならば嬉しく思います。

 

 そして、強化ユニットとしてもここがゴールではありません。林監督が最大の力を発揮できるようサポートすることも「強化部」にとっては非常に重要な仕事です。また、いずれ来るであろう「林監督以後」も継続性を持って強化ユニットが活動できるような制度を整えなければいけないでしょう。

 我々が思い描いている理想像は、山口前監督や田所(フィジカルコーチ・新3年)のような本気で指導に関わる人材を部内から安定して輩出すること。その「育成」を担うのも強化ユニットの責務です。そして、いつか東大ア式が日本サッカー界におけるコーチングスタッフの登竜門となる日が来ることを願っています。

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