ア式のデータ活用の取り組み 2022

はじめに

こんにちは。東京⼤学ア式蹴球部テクニカルスタッフの松尾です。東⼤ア式に 10 以上存在するユニットのうちの 1 つであるテクニカルユニットは、対戦相⼿のスカウティングや⾃チームへのフィードバックなど、サッカーの分析を通じてチームをサポートしています。本記事では、テクニカルユニットが⾏っている、データを⽤いた取り組みについてご紹介します。

サッカーにおけるデータ

サッカーのピッチ上では、さまざまな要素が絡みあってゲームが構成されています。選⼿、ボール、空間、時間…このような数多くの要素が⼊り組んだ状況下で議論を⾏うことは多くの困難を伴います。そこで、何らかの形で数値データを取得すれば、サッカーの⼀部分が客観的かつ定量的に表現されます。これは複雑な状況を把握する助けとなるでしょう。

⼀⽅で、先に述べたようにサッカーはあまりに複雑であることから、データを使って上⼿くサッカーを表現し、意思決定に⽣かすことはそう簡単ではありません。こういった背景から、サッカーにおけるデータ活⽤は野球など他のスポーツに⽐べ表に出てくることは多くありませんでした。しかしながら、近年の欧州クラブではデータサイエンティストなど数理系の専⾨的な⼈材を雇って⾼度なデータ分析を⾏うことが当たり前になり、J クラブにおいてもデータを⽤いた取り組みが話題に上ることが増えてきたように感じます。世の中の流れも相まって、データ活⽤の流れはますます進むでしょう。

東⼤ア式テクニカルユニットにおいても、数年前からデータ活⽤の取り組みを進めてきました。設備や技術⾯でプロクラブや企業に敵わない部分は当然ありますが、⼤学で学びながらも、サッカーの現場にいる私たちだからこそできることも多くあると考えています。

前置きはここまでとして、ここからは実際の東⼤ア式におけるデータ活⽤の流れを⾒ていくことにします。データを取得し、加⼯して、活⽤するという 3 つの段階を順にご紹介します。

データ取得

当然ですが、データを扱うためには、データそのものを取得する必要があります。その⼿段は⼤きく分けて 3 つ存在します。

映像分析サービスの利用

昨シーズン途中より、Bepro11 という試合分析サービスを導⼊しています。 試合動画をアップロードすれば、全てのイベントデータ(パス・シュートなど)を取得し、動画の切り出し、データの整理・可視化を⾃動で⾏ってくれるサービスです。

⾒たいプレーシーンをすぐに振り返ることができる点で⾮常に優れている上、データも⾮常に⾒やすい形で整えられています。これによってテクニカルユニットがこれまで⼿作業で⾏っていたものの多くが⾃動的に得られるようになりました。また、オプションとしてイベントについての⽣データ(イベントの種類・選⼿・時間・位置)も提供されています。このデータの扱いについては後ほど詳しく説明します。

Bepro の利⽤画⾯の抜粋。イベントごとのプレー映像を確認できる。

ウェアラブルデバイス(Catapult社)

スポーツ選⼿がベストのようなものを装着しているのを⾒たことがある⽅は多いと思います。このウェアの中には、GPS、加速度センサーを搭載したデバイス、⼼拍計が⼊っており、選⼿のピッチ上での位置・速度・⼼拍数などを取得できます。

東⼤ア式の選⼿たちもこのようなウェアラブルデバイスを装着してプレーしており、練習・試合中の選⼿のフィジカルデータを取得しています。


ウェアの中に入っているデバイス

手集計(タグ付け)

ここまでは既存の製品を利⽤したデータ取得をご紹介しました。これだけも⾮常に多くのデータが得られますが、不⼗分な部分もあります。例えば、⼈がプレーを解釈して集計する必要があるデータは⼿集計をしなければなりません。

そのようなデータの 1 つに局⾯の時間データがあります。局⾯の分け⽅はさまざま考えられますが、東⼤ア式では統⼀した基準を定め、試合のシーンごとに「タグ」をつけることで局⾯の時間を記録します(下の写真参照)。このようなタグ付けは FL-UX というアプリケーションを⽤いて⾏っています。

試合中・試合後を問わず、予めカスタマイズしたタグを簡単につけることができます。動画とリンクしているため、単に時間を記録するだけでなく、試合中にベンチで映像を確認したり、試合を振り返ったりすることができ⾮常に便利です。


FL-UX の利⽤画⾯。
試合映像下側のボタンからタグを付けると左側に列挙される。コメントを残すことも可能。

また現状では、相⼿選⼿とボールの位置座標は取得できません。例えば、パスの出し⼿/受け⼿の位置座標は取得できても、その瞬間の相⼿の位置座標は取得できません。よって、後ほど紹介するパッキングレートなど、選⼿の位置情報を必要とする指標の算出は⼿集計で⾏う必要があります。

その他にも、選⼿の体の向きや⽬線といったよりミクロな情報は(現在のところ)⼈の⽬でしか得られない情報として挙げられます。

生データの解析・可視化

データを取得しても、ただの数字の羅列では何かを読み取ることは難しいです。そこで、平均値など基本統計量の算出、複数のデータを組み合わせた指標の算出、あるいは表やグラフを⽤いた可視化といった形で、⽬的に沿った加⼯を⾏うことになります。

先ほどご紹介した通り、Beproは既に⾮常に整理された形でデータを可視化する機能を有しており、これだけでも⼗分⽬的に沿った情報を得られます。

Beproの利⽤画⾯。イベント・時間・ゾーンなどを指定しするとグラフで表⽰が可能。

しかし、ある程度のカスタマイズはできても、これらの機能はあくまでもユーザが⼀般的に求めるものに限られます。つまり、xG・PPDA といった⾼次の指標、ゲーゲンプレス成功回数・あるエリアへのランニング回数といった個別のゲームモデルに即した指標は、実⽤的である⼀⽅、簡単には得られません。そこで、東⼤ア式では表計算ソフトやプログラミングを⽤いて⽣データを処理・可視化しています。その例をいくつかご紹介します。

Beproの生データ

先ほどご紹介した通り、Bepro から出⼒される⽣データから様々な指標を算出しています。使⽤するパラメータはまだ限られていますが、独⾃の計算式を⽤いてxG、PPDA などを⾃動で算出しています。

xG…Expected Goal の略で、ゴール期待値と訳される。各シュートに対し、シュート位置や相⼿選⼿の配置などの要因を加味して得点となる確率を算出したもの。写真ではある試合での累積値を⽰しているため、試合を通じて得点に近いチャンスがどの程度あったが分かる。

PPDA…Passes Allowed Per Defensive Actions の略。相⼿チームのパス本数を⾃チームの守備アクション回数で割って算出した値。(相⼿パスのエリア制限や守備アクションの定義は様々存在する。)つまり守備アクション 1 回あたりに何本パスを繋がれたかという値のため、プレッシングを評価する指標として⽤いられる。

WeDAM…独⾃指標。守備アクションに重み付けをして算出した値。能動的な守備が⾏えたかどうかを評価する。

手集計データ

⼿集計データからは、パッキングレートを中⼼に指標を算出しています。 パッキングレートはビルドアップの構造的から個⼈の技術⾯まで、様々な状況を読み取ることができるため、重⽤しています。以前は全て⼊⼒して記録していましたが、現在は Beproのデータを使い⼿間を減らしています。

パッキングレート…パスやドリブルで相⼿選⼿を何⼈置き去りにしたかを記録した値。パスの場合、受け⼿の体の向きによってスコアの重みを変えている。これによりチームとして効果的が前進ができているか、あるいは選⼿個⼈の受け⼿・出し⼿としてのパフォーマンスを評価できる。
図では、選⼿ A がパスを受けてターンすれば 3 ポイント、選⼿ B が後ろ向きでキープすれば 6×0.2 ポイント(重み付けは例)となる。

フィジカルデータ

ウェアラブルデバイスからは、⾛⾏距離・スプリント回数などのフィジカルデータを取得できますが、実際のプレーと結び付けられていません。サッカーにおける局⾯ごとの⾛⾏距離、スプリントの向きなどを整理することでより有⽤なデータとなります。

スプリント時刻を選⼿ごとに並べた図とスプリント時の局⾯を⽰した表。これらを⾒⽐べることで、「カウンター時に全体でスプリントできているかどうか」などを評価することができる。

データの解釈・活用

データ活⽤の⽬的はチームの勝利、ひいては選⼿のパフォーマンス向上にあります。ですから、ここまでのデータを取得し、整理するフェーズはあくまでも前処理に過ぎません。よって実際に活⽤する段階が最も重要である⼀⽅難しくもあります。ここでは私たちのデータ活⽤例について触れたいと思います。

理解の裏付け・フィードバックでのデータ活⽤

実際にデータを扱う際は、先に対象となる練習や試合を⽬で⾒ていることが⼤半です。ですから、実際のプレーを⾒て課題を認識し、データを確認した後に選⼿へ改善を促すという流れとなります。

ここにデータが介される利点は、課題の認識をより正確にできること、主張の説得⼒を持たせられること、改善の度合いを定量的に評価することが可能であることなどが挙げられます。

このような観点から、得られたデータを基に、コーチや選⼿へのフィードバックの際にデータを活⽤しています。試合後のマッチレポートの共有、選⼿個々⼈にもフィードバックを⾏う体制をつくっています。

Beproからの出⼒や⾃作した図にコメントを付して、マッチレポートとして配布している。これを基にコミュニケーションを取ってプレー改善に役⽴てている。

 

選⼿個⼈へのフィードバックの具体例。単に主張するだけでなく「他の選⼿よりも⾛⾏距離が少ない」「まず攻撃時のスプリント回数を〇〇回にしよう」 といった形でデータを持ち出すことで選⼿も納得して取り組みやすくなると思われる。また継続的に数字を追うことで改善度の評価も可能。

データを活用した問題解決

前項は、ある程度状況が把握できている場合の、主張の裏付けとしての活⽤法で した。これに加えて、少し漠然とした問題に対してもデータが活⽤できる場合があると考えています。例えば、「セカンドボールを拾えていないようにみえる」 などといった課題に対して「気持ち」の問題で⽚付けてしまう場合は実際多いと 思われます。(必ずしも間違いとは限りません)しかし、本当にそうなのか、どの部分に課題があるのか(競り合い・周りの反応など)を確かめると改善ポイントが⾒えてくるはずです。
テクニカルユニットではこういったすぐには結論が出ない問いに対してもデータを活⽤しながら考える取り組みを⾏っています。

ロングボールを送った後のセカンドボール回収についての考察。集計を⾃動化し、東⼤ア式と他チームの⽐較を⾏った。

スローイン

スローインの成功率が低いという仮説のもと、ある程度網羅的にスローインに関するデータを取得した。そして他チームと⽐較を⾏い、投げるまでの時間(準備のスピード)が課題であり、成功率とも関連していると推測した。コーチ陣とも連携して改善に取り組み、実際に成功率を向上させることができた。

他クラブや企業・研究室との関わり

ここ数年間、テクニカルユニットでは急速にデータ活⽤の取り組みを進めてきたとはいえ、技術⾯・運⽤⾯でまだまだ未熟です。さらなる発展のためには部外の⽅々と意⾒交換をしたり、ノウハウを共有したりすることは必要不可⽋であると考えています。 

この⼀環として、昨年協⼒関係を結んだ筑波⼤学蹴球部、オーストリア 2 FC ヴァッカー・インスブルックの皆様と情報共有を⾏っている他、テクニカルユニットでの活動を⽣かして、⼤学研究室でサッカーに関する研究活動を⾏っている者もいます。 

また新たな取り組みとして、ある企業と選⼿のメンタルについての共同研究を始めました。ビデオで選⼿を撮影し、顔表⾯の微細な振動から⼼理状態を読み取ります。現在は分析結果と選⼿のパフォーマンスとの相関を調べるため分析データを集めている段階です。

今後の課題・展望

現在の環境では相⼿選⼿やボールの位置情報を得ることはできません。ただ、画像認識技術を⽤いて選⼿の位置座標を得る取り組みを進めている他、ある試合の位置座標を提供していただき、試験的に分析を⾏うなどしています。 

精度の問題はあるが、DF ラインの追跡など簡単なトラッキングを実現できる可能性がある。

Bepro社提供の位置座標データから弊部で 2 次元画像にしたもの 

また現状では試合でのデータ分析が主ですが、「選⼿のパフォーマンス向上」 という観点からは、練習においてこそデータを⽤いた分析は必要でしょう。 現状、試合と同様のプレーに関するデータを取得することは困難です。⼀⽅でウェアラブルデバイスを⽤いたフィジカルデータを取得できる環境があるので、練習の強度、疲労度管理等の取り組みを進めていきたいと考えています。 

本記事でご紹介したように、外部サービスの利⽤により以前とは⽐べものにならないほど⼤量のデータを素早く取得できるようになりました。(ここにはもちろんコストがかかります。先代の地道な努⼒、クラブの理解・⽀援があってこそ実現できています。)そのため、以前はどうしてもデータ取得に時間がかかり、⼗分な活⽤に⾄らない状況もありましたが、現在はデータの解釈、活⽤に時間をかけられるようになりました。途中でも述べましたが、 データを扱うことが⽬的なのではなく、チームの勝利に資することが最⼤の⽬的です。今まで以上にパフォーマンス向上にフォーカスしたデータ活⽤を進めていきたいと考えています。 

そのためには、サッカーへの深い理解に基づいたデータ解釈が必要です。コミュニケーションの仕⽅、データ及び数値の扱いにもより⼀層気をつける必要があるでしょう。また、データは現象の⼀側⾯であり万能ではありません。 ⾃分が⾒たいデータだけを選んでいないか、(統計的に)数値に意味はあるのかといったことは、後回しにされがちですが突き詰める必要があります。 

おわりに 

⻑い⽂章になってしまいましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。 

興味をもって下さった新⼊⽣の⽅は、ぜひ⼀度テクニカルユニット活動を⾒にいらしてくださいZoom での説明会も随時⾏っています。この記事の内容が少し難しいと思った⽅も全く問題ありません。技術的な部分に関しては、 ほぼ全ての部員がゼロからのスタートですが、上級⽣が勉強会を開いて学びをサポートしてくれます。(年⽣以上の⽅、他⼤学の⽅も⼤歓迎です!)

また既にスキルを持った上級⽣・院⽣の⽅・社会⼈の⽅も、是⾮私たちに⼒を貸していただけませんか?戦術⾯はもちろん、フィジカル⾯の分析で協⼒して下さる⽅も募集しています。 

部活と聞くと少しハードルが⾼く感じられる⽅もいらっしゃるかもしれませんが、東⼤ア式では部員としてだけでなく様々な関わり⽅ができます。少し話をしたいといったものでも構いませんので、是⾮ご連絡いただけると嬉しいです。テクニカルユニット⼀同、お待ちしています。

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