サッカーエリートと戦うために。身体能力改善に挑んだ新アップ「タディトレ」に迫る。 


前シーズンで見事昇格を果たし21-22シーズンで都リーグ1部を戦った東大ア式だったが、リーグの全日程を終えて2勝19敗3分でリーグ最下位という結果に終わり、一部リーグの洗礼を受けてしまった。圧倒的な力の差を見せつけられた21-22シーズンだったが、その中でフィジカルコーチを務めた田所(3年)は「結果は伴わなかったけど、この一年でみんな明らかに動きが良くなった」と、胸を張る。確かに、実際に試合中のスプリントの回数やスピードが上昇するなどのデータがその主張を裏付けている。動画を見てみても動作がスムーズになっているのは明らかだろう。

タディトレ(インタビュー用)
タディトレ(インタビュー用)

この一年間の成長が、今シーズンから導入した新たなアップ、通称「タディトレ」に起因しているとのことで、新アップの考案者であり、現在はキック専門のトレーナーとして活躍している田所本人にその秘密を聞いてみた。(文責:東大ア式蹴球部 新家遙)

――新たなアップは、一般的に行われているようなアップとはどのような違いがあるのでしょうか?

田所:一般的に他のチームでやられているアップというのは、ルーティン的に行われているもので、みんなで声を出して気持ちを作ったり怪我をしないために体を温めたりっていう位置付けの、要は試合や練習にうまく入れるようにするためのもの、という感じが大半を占めていると思います。

それに対して新たに取り入れたものは、もちろん体を温めるとかそういった基本的なことも考えていていますが、どちらかというとアジリティ(敏捷性・動作の素早さ)や、体の使い方、もっと言ってしまえば身体能力の強化の方に焦点を当ててメニューを組んでいます。加えて毎日メニューを変えて選手に常に新しい刺激を与えているというところも違いですね。

一般的なアップも、役割として十分だとは思いますが、自分はその時間をより効率的に使う一つの方法として、アジリティや体の使い方の練習をアップに取り入れたという感じです。

――それではアップの大まかな流れを教えてください。

田所:僕のアップは主に3つのパートに分けられます。

まずストレッチとアクティベーションを行います。アップは週ごとに“加速”や“減速”など、テーマとなる動作を決めていて、その動作を行う上で重要になってくる筋肉にまず刺激を入れます(アクティベーション)。これにより、怪我の防止はもちろん、実際に体を動かすときにその筋肉が使われやすくなるので、トレーニングをより効果的なものにすることができます。(図の①)

次に本編とも言えるアジリティトレーニングに入ります。その週のテーマとなる動作を3つの基本的な動きに分けて、それらの動きを改善するオリジナルのメニューを行います。アジリティトレーニングであるとともにアップも兼ねているので、動作改善メニューとスプリントをうまく混ぜて、アップ本来の役割も果たせるようにしています。(図の②)

最後に、より実戦に近い形でのトレーニングを行います。笛を使って競走形式にしたり、対戦形式のゲームにしたり様々ですが、目的としてはその日に扱った動作をよりサッカー本来のシチュエーションに近い形で引き出すことです。図の②のところでやったことを活かして、最後に実戦に近い状況の中で自然に出してもらおうという感じです。(図の③)

アジリティトレーニングなどで扱うメニューは全て自分がオリジナルのものを作っています。

――週ごとのテーマはどのように決めているのですか?

田所:メニュー作りとともにテーマ設定も自分がやっていて、前の週の試合などの映像を見返して、「ここなんで出遅れたんだろう」とか「こういうミス多いよな」とか気になるシーンをピックアップして改善点を洗い出しています。週によっては、次の試合相手がどういうサッカーを展開してくるかによって、起こりうる現象を予想し、その上で重要になってくるであろう動作を想定してその動作改善をやったりしています。

実際にどのようなトレーニングをしているのか映像でわかるので、それを見ていただけたらと思います。そこで個々のメニューの作り方も解説しています。

【東大ア式】アップは体を温めるだけじゃない?1日15分でアジリティ能力を高めるトレーニングメソッド【タディトレ】


――アップといえば、ブラジル体操やアップサーキットなどずっと同じメニューをこなすイメージがありますが、その中であえて毎日メニューを変えるのは何故でしょうか?

田所:最初に言ったように自分のアップは従来のアップにアジリティ向上の要素を加えており、毎日メニューを変えることによってただ同じ動きを繰り返す場合よりも高いトレーニング効果を生み出すことができます。これは運動学習におけるディファレンシャルラーニングという理論に則っています。

ディファレンシャルラーニングというのは、例えばテーマとなる動作がある時に、同じ動きをずっとやり続けるのではなく、その動作に関連した異なる動きを何種類も用意して行った方が、効果的に動作改善を行えるというものです。選手に様々なバリエーションの動きを施すと、それらの動きをする上で、共通して大事な動きを自然と身につけるようになります。つまり、対象の動作の根幹となる動作要素を、トレーニングで行った複数の動きの言わば「共通解」として習得するわけです。これがディファレンシャルラーニングです。

もちろん個人的に力作だと思うメニューや特に大事なメニューを何度か使い回すことはありますが、基本的には日ごとにメニューを変えて選手に新鮮な刺激を与え続けるようにしていて、メニューもこの一年で少なく見積もっても300個は考えたと思います。メニューを毎日変えるとマンネリ化で選手のモチベーション低下も防げるので一石二鳥です。

――他にもメニューを作る上で意識していることはありますか?

田所:もう一つ挙げるならばグリッドの作り方です。ここに関してはかなりこだわっていいて、グリッドの作り方には、インターナルフォーカス・エクスターナルフォーカスというワードが関わっています。

それぞれの単語を日本語に直訳すると、内的意識・外的意識みたいな感じで、言ってしまえば身体の内側と外側のどちらを意識するのかという話です。

立ち幅跳びに例えると、跳ぶ時に自分の身体の関節や筋肉の動きを意識するのがインターナル、跳ぶ先にマーカーなどの目印を置いてそこに目掛けて跳ぶのがエクスターナルフォーカスになります。

そしてアスリートが実際に体を動かす際にインターナルフォーカスをしてしまうとパフォーマンスが落ちてしまうため、グリッドを作る際に目標物を置いてやって自分の身体以外のところに意識を向けさせることでエクスターナルフォーカスを促すことが重要だと言われています。ある動作を行うにあたって「〇〇筋を収縮させて△△関節を屈曲させてその次に〜」などといちいち考えているとスムーズに動けなさそうな気がしますよね。そのため、タディトレでは、置いてあるグリッド通りにステップを踏みさせすれば理想の動きが出るようにオブジェクトを有効活用して選手の意識がなるべくエクスターナルなものになるようにしています。正しく体が使えている感覚を実感してもらうために筋肉や関節を引き合いに出して説明をすることはありますが、グリッドの作り方の工夫でカバーできるならなるべくそこでカバーできるようにしています。そのためにも、出したい動作をどうやったらうまく選手に出してもらえるのかを常に考えるようにしています。

――それらの工夫やメニュー作りに関して、何か参考にしているものであったり、資料のようなものはありますか?

田所:もちろん本などの資料を参考にする時もありますが、基本的にはプロの試合を見てその動きを参考にしています。それぞれのテーマに関して自分の中で一番うまそうだなって印象の選手を思い浮かべて、その人の動きを分析しています。例えばキックで言えばデ・ブライネ選手とかエデルソン選手、アジリティ面で言えばカンテ選手とかが多かったですね。

やっぱり本とかだと載せられる情報量が限られる分状況が理想化されていることが多くて、試合の文脈みたいなものが無視されていることが多いと思うんです。どんなに理想的な動作を行えるようになってもその動きが実際の試合に選択されなければ何の意味もないですよね。その点トップレベルの選手は場面ごとにその時々の理想に近い動きができていることが多いので、その動きを最適解として考え分析をするようにしています。

――東大ア式ではフィジカルコーチとしてアップだけでなく部のリハビリ管理などにも携わり、個人としてはキック専門のパーソナルトレーナーの活動を行っていたとお聞きしました。別々のことを考えながらの一年になったと思いますがそれらの活動の両立はどのようにしたのでしょうか?

田所:リハビリはまた別になりますけど、実はアジリティとキックは密接に関係していてアジリティが強化されればキックも上手くなるし、キックを練習すればアジリティも伸びます。というのも、キックはダイナミックな加減速を要する運動だからです。助走で生み出したエネルギーを一気にボールにぶつけることでキックというのは行われますが、まさにその過程で加速と減速の能力が必要になってきます。だから、アジリティとキックは相互に影響し合っているのです。タディトレでも少し発展的な項目としてキックの要素を盛り込んだこともあります。

初めは同時並行でフィジカルコーチとパーソナルトレーナーの仕事をやっていましたが、やっていくうちにその関係性もわかってきて良い収穫になりました。そういう意味では拘束時間とか物理的な意味での大変さみたいなのはもちろん非常に感じていましたが、あまりにかけ離れたことを同時に扱っていたわけではないので何とかできました。

――最後に、タディトレの今後の展望などはどのように考えていますか?

田所:ゆくゆくは自分の考えをメソッド化していきたいと思っています。僕はおそらくやろうと思えば無限にメニューを考案できるし、自分の考えはプロの世界でも通用すると思っています。自分のトレーニングを使えば、年齢やカテゴリーを問わず必ず選手のパフォーマンスを上げられる自信があります。だからこそ僕は自分の考え方を色々な人に理解してもらいたいと思っています。僕が実際に直接選手を指導する時間よりも、選手が一人で練習する時間の方が圧倒的に長いのだから指導者だけではなくて選手にも理解してほしい。そのための自分のトレーニングのメソッド化です。

ア式を引退するにあたって、来シーズン以降のアップのメニューリストを3週間分くらい作ったのですが、この取り組みもメソッド化の先駆けとして行いました。このリストはめちゃくちゃこだわっていて、グリッドの置き方だけじゃなくて解説動画も添付して選手にも理解してもらえるような作りにしています。このメニューリストも、ただメニューをこなすだけだと1,2シーズン使われて自然消滅してしまうと思うし、自分が絶対の自信を持って作ったメニューだからこそ、そこに至るまでの考えも理解してもらうことで、脈々と受け継がれるようなものになれば良いなと思っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です