はじめに
こんにちは、東京大学運動会ア式蹴球部テクニカルスタッフ3年の木下(https://twitter.com/keigo_ashiki)と申します。この記事では、弊部テクニカルユニットの活動サイクルを紹介するとともに、ここ最近取り組みをスタートさせ軌道に乗りつつある「リアルタイム分析」について詳しく紹介したいと思います。
2018年のロシアW杯からサッカーの競技規則が改定され、ベンチに通信端末を持ち込むことが許可されました。これを機に、世界中の監督やコーチ、アナリストは試合中にリアルタイムで映像やデータを確認することができるようになったため、凄まじいスピードで進化するテクノロジーをいかに活用し、勝利に結びつけるかが重要視されるようになりました。
特に定量的分析(データを用いた分析)の発展は目覚ましく、シュート数やポゼッション率といった基本的なスタッツに加え、xGを筆頭とするより高次の、試合の本質に迫るデータがリアルタイムで手に入るようになっており、定量的分析の重要度合いは高まっていると言えます。
一方、大学サッカー界でも、弊部の所属する東京都大学リーグはベンチへの通信端末持ち込みが許可されたため、理論上プロと同様にしてリアルタイムのフィードバックを行うことが可能になりました。しかし、理論上可能というのと実行可能というところの隔たりは大きく、やはりアマチュアではヒト・カネ両面でリソースが不足しているため、定量的分析は言うまでもなく、フォーメーションや噛み合わせ、ポジショニングがどうなどというような定性的分析でさえも、多くの場合監督やコーチといったベンチのごく少数の人間に大きく依存しているのが現状です。
そうした現状を打破すべく、またリーグ戦で少しでも多くの勝ち点を獲得すべく、弊部テクニカルユニットはまずはよりハードルの低いリアルタイムでの定性的分析に手をつけることにしました。サッカーという競技は、バスケットボールや卓球のようにタイムアウトというルールはなく、ハーフタイムの15分というごく限られた時間内でどれだけ試合内容を修正できるかが勝敗を大きく左右します。そのため「何を見つけ、何を伝えるか」は非常に重要であり、この部分でチームに大きく貢献できると思っています。
テクニカルユニットの分析サイクル
テクニカルユニットとはスポンサー獲得を目指すプロモーションユニットや今シーズン元Jリーガーの林陵平監督を招聘した強化ユニットなど、弊部に複数存在するユニットのうちの一つで、2011年に創設されました。横浜F・マリノスのJリーグ優勝に貢献するなどプロのサッカーアナリストとして長く活躍し、今シーズン弊部のテクニカルアドバイザーに就任した杉崎健氏による強力なバックアップの下、総勢19名の専属スタッフたちが、ピッチ外から主に戦術面で選手、監督、コーチをサポートします。その活動内容は多岐に渡りますが、その中でもテクニカルユニットの活動のメインである、毎節のリーグ戦に向けた3つのフェーズから成る分析のサイクルについて説明します。
まず、試合前に行うのが対戦相手の分析、スカウティングです。3、4名のスカウティング班を複数作り、担当の班のメンバーが試合の2週間ほど前から対戦相手の試合映像を見て、セットプレーを含む各局面や選手個人の特徴などを徹底的に分析し、監督、コーチと意見交換しながらゲームプランの決定をサポートします。そして弊部のゲームモデルに沿って作成した相手の弱みや対策をまとめた資料を選手たちに共有し、プレゼンを行います。
試合当日、キックオフとともに行うのがリアルタイム分析です。詳しい説明は後述しますが、試合の進行とともに大勢のテクニカルスタッフがリアルタイムで分析し、ベンチにフィードバックをしていきます。
試合後数日以内に行うのがパフォーマンス分析(データ分析)で、主にHudl、CATAPULTの2つのツールを用います。データの収集、データの算出・可視化、フィードバックという流れで、さまざまなデータを積極的に活用し映像と照らし合わせながらパフォーマンスを分析します。これに関しては、その分析の方法を詳細に説明した記事・動画(とその関連記事)が公開されているので、興味のある方は以下のリンクからぜひご覧ください。
リアルタイム分析
ここから本題に入ります。テクニカルユニットが実際に挑戦しているリアルタイム分析の詳細です。
活用するアプリ:FL-UX
分析にはRUN.EDGE社のFL-UXというアプリを使います。映像へのタグ付け、描画、共有などが可能なアプリケーションで、プロクラブでは湘南ベルマーレなどが導入しています。自チームのゲームモデルや定性的分析の見方に沿う形でオリジナルのタグを作成し、撮影した試合映像をアップロードして気になったシーンにタグ付けをします。そうして後から、付けられたタグごとに該当シーンを見返したり、そのシーンで伝えたいことを強調するために描画をしたり、プレイリストを作成したりすることができます。またプレイリストはダウンロードが可能なため、オフライン環境でも映像を見返せるようになっています。こうした機能により、スカウティングにおいても大いに活用しています。
これが実際のタグ付け画面になります。青い丸で囲った部分にあるように、あらかじめ作成したタグをつけていきます。「ハイプレス」「ビルドアップ」「コーナーキック」などさまざまです。また、局面ごとのタグの他に、個々の選手のタグも用意することができます。
こうしたタグ付けはオンライン環境であれば即座にクラウドで共有されます。記事冒頭で述べた通り、弊部が所属する東京都大学リーグでは、従来禁止であった通信端末のベンチへの持ち込みが解禁されました。したがって、FL-UXを通して、リアルタイムでの映像を用いたフィードバックが可能というわけです。
役割分担
①撮影
FL-UXのアプリを通して試合映像を撮影します。そのライブ映像は他の各テクニカルスタッフの端末上で見ることができます。前後半で分けるなどして、2人程度で行います。
②タグ付け
ここに可能な限り多くのテクニカルスタッフを動員します。多いときには6、7人のテクニカルスタッフが、手分けをして分析を行い、ベンチからの指示に従いつつタグを付けていきます。ベンチ入りのテクニカルスタッフがシーンの選別をしやすいよう、各シーンに簡単なコメントを付けることも多いです。
実際の定性的分析のやり方やフィードバック内容は一部(上記画像の青い丸で囲った部分)しか公開できませんが、特に分析を行う上で前提となるのがスカウティングであることは間違いありません。対戦相手が予想と大きく異なることをしてきた場合は、マクロ的に試合展開を予測し、限られた時間の中で対策を提示する必要があります。とはいえ多くの場合、弊部にもゲームモデルが存在し、試合中に根本から180度やり方を変えるということはしません。よりミクロな部分、各選手の立ち位置やボールの持ち方、プレスのかけ方などを注視します。ハーフタイムまでに全体としての修正ポイントを2、3つ、各選手の修正ポイントを1つずつ提示できるくらいを目標に取り組んでいます。現時点では人数も多く割ける分見るべきポイントを分担するなどしていますが、この取り組みを通して各テクニカルスタッフは定性的分析能力の向上を図っており、いずれは1人でも量的・質的にレベルの高い分析ができるようになることを目指しています。
もちろん、実際に試合が行われる会場に行き現地で試合を分析できるに越したことはないのですが、新型コロナウィルス感染対策により、動員人数に制限がかかることが多いです。その際は、部室に各自端末を抱えて集合し、FL-UXを通して撮影されたライブ映像を見ながら分析します。
③ベンチ入り
最も重要度が高いと思われるのがベンチ入りテクニカルスタッフです。所属リーグではベンチに入るスタッフ(監督、コーチ含む)は6人と定められており、そのうちの1人としてベンチで選手たちとともに戦います。
ベンチでは、監督、コーチ陣の要求に応じて、修正ポイントとして選手に見せたいシーンのタグ付けを②タグ付けをするテクニカルスタッフたちに電話を繋いで伝達しながら、自らも端末上でタグ付けを行います。そして、タグ付けされた多くのシーンから、給水タイムやハーフタイムに選手全体、あるいは中盤や最終ラインなどの数人、そして個人などそのそれぞれに対して見せるシーンを選別します。そのため、サッカーの定性的分析能力に限らず、的確かつスピーディな判断力やコミュニケーション能力が求められます。もちろん、相手の戦術や交代選手の特徴など、対戦相手の情報もすべてインプットしておくことが必須であり、こちらが交代を行う場合にはセットプレーのマークの確認などディテールの指示をすることもあります。したがって、基本的に最も中心となってスカウティングを担当したテクニカルスタッフがこの役割を担うことになります。
今後に向けて
この記事を書いている時点では、リアルタイム分析を始めておよそ2ヶ月というところで、試合を経験していくにつれ各テクニカルスタッフが分析に慣れてきたという段階です。そのため、まだまだ改善点、チームの勝利の可能性を1%でも高めるための課題は存在します(サッカーを見る眼を鍛えるというのは大前提です)。
- Wi-Fiや通信端末の都合によるライブ映像の乱れをなくす。
- あらかじめ監督、コーチと密に話し合い、切り取るべきシーンを予測する。
- 監督、コーチの欲する局面のシーン数を増やす。
- すべてのタグに補足情報を付ける。
- タグに付けられる色分けを工夫する、タグを充実させる。
- 監督、コーチ、選手への働きかけを増やす。
- ベンチでのプレゼンテーション能力を上げる。
また、例えば試合終盤になると試合中にフィードバックすることもなくなり、試合に熱中することでタグ付けが疎かになりがちですが、試合後のパフォーマンス分析をシームレスに行うためにも最後まで任務を遂行する必要があります。
以下、監督、コーチ、選手に聞いたテクニカルユニットのリアルタイム分析に対するコメントを紹介します。
林 陵平 監督:
J1でこうした分析をやっているチームは最近になって増えてきていると思いますが、自分がJリーグでプレーしていたときは、実際リアルタイム分析のような、映像を使った分析はありませんでした。ましてや大学生でそれをやっているようなチームはほぼないですし、そういう面で、チャレンジしていく姿勢も含めて、素晴らしい取り組みだと思います。
また、選手は自身がピッチ内で見ている状況だけではわからないこともあるし、映像を後から、別の視点から見返せるという点で非常に有効です。そしてただ映像を見返せるだけでなく、テクニカルスタッフ側からも選手たちに向けて、リアルタイムで分析した内容をハーフタイムに伝えられるというのも、大事なことだと思います。どんなシーンに再現性があるかわかりますし、選手たちも試合中に理解できるので、チームのためになっていると思います。
やはり上からの映像を見ることができるのは大きいです。下から見える景色とは大きく違いますし、どこにスペースがあるか、相手のプレスがどう来ているか、などがすごくよくわかります。
今後としては、やはり分析をすることだけで満足してしまってはもったいないですし、選手にどう伝えるかという部分ですね。あまり長い時間話していてもかえって伝わらないし、どれだけ短く、かつわかりやすく選手に伝えられるかというところは、今後やっていく中で身につけていければ、すごく良いのではないかと思いますね。
吉本 理 ヘッドコーチ:
基本的にリアルタイム分析は修正するときに使います。自チームがうまくいっているシーンの切り取りは行いません。
相手がスカウティングと違う挙動をしたとき、試合中に戦術を変えてきたときなどはエラーが出やすいので必ずクリップします。また過密日程でよく起こることですが、チームのプレー原則を準備段階の練習で確認する時間がなかった場合にもエラーが出ることはあります。そのときはハーフタイムに作戦ボードを使って全体に説明をし、その後映像を見せることで選手の理解が深まっていると思います。
局面としてはうちのゲームモデルの都合もあり、ビルドアップとミドルプレス、ブロック守備を切り取ることが多いですね。
他には個人的なエラーにも映像を使用します。苦手なプレーが出たり、同じ類のミスをしてしまったりした場合などは選手の脳裏に焼き付いていることが多いので、映像を用意し後半までに解決できるようにします。実際これで改善した選手もいたので非常に有用性が高いです。
最後に、リアルタイム分析という名前ですが、実は現場での判断と同時に事前準備が大事だと思わされます。先にコーチとテクニカルユニットでコミュニケーションをとっておくこと、ある程度起こりうる展開を予測しておくこと、自チームのプレー原則がしっかり入っていること、でリアルタイム分析を最大限に活用できるというのが何回か使わせてもらっての感想です。
大矢 篤 (MF/3年):
選手からの評判としては当然すごく良いし今後も続けてほしいです。ハーフタイムで試合がガラッと変わることはサッカーではよくあることで、その再現性を高められる大きな要因になると思っています。リアルタイム分析の恩恵として大きいのは、①試合で起きている現象の解釈と、課題の発見の質向上、②それをフィードバックする際の選手の理解度向上、の2点だと思います。
①は、サッカーはやはり複雑だから、ベンチにいる監督やコーチに加えて、テクニカルスタッフの沢山のブレインを用いることで、課題の発見数が増えると思います。ハーフタイムの15分という限られた時間でどれを選択して伝えるかという問題はあるけど、そもそも絶対数が増えることでそれを選択できるようになりますし、以前は15分間フルで話さないというハーフタイムも多かったことを考えればとても良いことですね。
②は選手に一番関わるところで、監督とかがボードで説明しても、それがピッチ上の選手としては理解とか納得がしきれないことも珍しくない。その時に切り取られた映像があれば、(必要であればその動画を元に議論ができるし)、それらを通じてより深く理解して後半のプレーを変えることができるということです。
要望としては、試合によってフィードバックの量が違ったりするから、毎試合○シーン以上各選手に見せる、とか定量的な目標があると良いかもしれないです。
松波亮佑(MF/3年):
簡単に言えば、非常に強力なサポートになっていると思います。90分も試合を行うサッカーでは試合中にプレーの改善をすることは重要ですが、実際に試合の中で改善することは簡単ではありません。試合中は自分のプレーは主観的にしか把握できないからです。監督やコーチからのアドバイスも言葉のみであるから結局は頭の中で主観的に咀嚼するしかありません。一方でリアルタイム分析では、実際に自分のプレー映像を客観的に見ることができるため、主観のみで行うよりはるかに簡単に改善できると思っています。
このように、フィードバックを受ける側からの評判は軒並み高く、テクニカルユニットとしても彼らの期待に応えられるようパフォーマンスを高めていかなければならないと感じています。
そしてもう一つ、いよいよ挑戦しようとしているのが定量的分析です。既に簡単な手集計を行ったことはあるのですが、定性的分析が疎かになるという理由で一旦ストップしていました。
これは自チームのボールロスト位置を集計したものです。プロのトップレベルとの違いは、リアルタイムでチームにとって有効な指標を自動で出してくれるようなシステムを利用することが現時点ではできないという点です。そのためFL-UXを活かしつつ手集計をいかに工夫して(半自動で)行うかという部分は考えていかなければなりません。そしてより重要なこととして、そのような拘束条件の下で、そもそも何を定量化するか、というテーマがあります。自チームのゲームモデル、プレー原則がどれほど実現できているか、相手チームのスカウティングとそれに対するゲームプランをどれほど遂行できているかなどといった観点で定量化することが重要だと考えています。ゲームモデルとゲームプランが存在するということは修正すべきポイントの基準が存在することを意味します。既に試合後のパフォーマンス分析では算出・可視化が可能なパッキングレートやxG、PPDAといった指標やパスネットワーク図(パスマップ)(詳しくはページ上部にURLを記載した『ア式のデータ分析2021』記事参照)もそうですが、ビルドアップにおける選手の配置や距離、どのエリア・ゾーンを使って成功・失敗したかや、プレス時の縦・横のコンパクトネス、ゲーゲンプレスの成功率やボールを奪い返すまでの時間などが定量化できると面白いです。こうした基準を改めてテクニカルユニット、監督、コーチで擦り合わせ、選手を含む全体が共有できている状態を作り、実行に移していきたいと意気込んでいます。
関連して、弊部テクニカルユニットは新たにCATAPULT社のPlayerTek+を導入することが決定しました。
このデバイスを試合中に各選手が身につけることにより、リアルタイムで心拍数や走行距離、スプリント距離、最高スピードなどさまざまなフィジカルデータを取得することができます。こちらも、特にテクニカルスタッフとともにベンチ入りするフィジカルコーチと連携を取りながら、リアルタイム分析の定量的分析の一貫として活用していく予定です。
おわりに
「日本一のアナリスト集団になる」という目標を掲げ、弊部テクニカルユニットはデータ分析などにおいて先進的な取り組みを続けてきました。筑波大学蹴球部との提携、また先日には、オーストリア2部のFC Wacker Innsbruckとの提携も発表したところです。そして今回、新たにリアルタイム分析を紹介しました。テクニカルユニットは、豊富なリソースとバックアップがあるという恵まれた環境に感謝し、プロのサッカークラブでもできないような最先端の取り組みに今後も全力で挑戦していきたいと考えています。サッカー界の多くの方々に注目していただきたいです。
また、こうした活動に興味のある学生(大学は問いません)はいつでも募集しています。ぜひ一度お話を聞きに来ていただくか、Twitterやメールでご連絡ください!
最後までお読みいただきありがとうございました!
東京大学運動会ア式蹴球部 テクニカルスタッフ
3年 木下慶悟