2020年度のシーズンをもちまして、3年間弊部のヘッドコーチおよび監督を務めた山口が退任いたしました。そこで、サッカー界でのプレゼンスが高まりつつある山口遼前監督に、ア式での3年間を振り返ってもらうインタビューを企画。インタビュアーとして高橋(新3年・テクニカルスタッフ)を迎え、本稿編集担当の平岡(新4年・マネージャー)とともにお送りします。
Contents
- 山口遼の描く“指導者”
- 指導者を志したきっかけ
- 指導者として意識していたこと
- ア式での経験
- 3年間で経験した困難
- 一番嬉しかったこと
- キャリアとしてのア式での経験
- 今後の展望
- 最終目標は
- 指導者を志望する人へ
- 最後に
- ア式へのメッセージ
山口遼の描く“指導者”
高橋:プレーヤーから指導者に方向性を切り替えた瞬間や、そのきっかけを教えてください。
山口:もともとは、ア式に対する自分の貢献をどうすれば最大化できるか考えたのが始まり。選手をやっていて、いくら考えても指導者や運営・経営のところで思いが繋がらないという悩みがあった。選手としてプロを目指すのを諦めたときに、そのまま選手として過ごすよりも、指導者になったほうがア式のためになるんじゃないかなって。で、思い切ってやってみたら向いてた(笑)
実は、指導者をやるって決めたときは2年でやめようと思ってて。その代わり、やるからには自分なりの最大限のクオリティを追求しようと思っていろいろ勉強してみたら、始めて2か月くらいでプロの指導者になろうって決めてた。
高橋:なるほど。では、指導者になってから意識していたことは何ですか?
山口:まず、これは部員にはいつも言ってることだけど、一番意識してたのは、実は勝ち負けや上達のことじゃなくて。自分がサッカーに魅せられてドはまりした20年余りだったけど、その感覚を知らずに引退していく選手は、ア式に限らず多いと思ってる。例えば、ユースとか高校サッカーをやってた人が燃え尽きちゃってサッカーから離れていったり、社会人になったらサッカーを観ることすらなくなっちゃたり。けどそれってすごく悲しいこと。だから、サッカーの楽しさを知ってこのチームから離れてほしい、そしてできれば卒業後もサッカーを続けてほしい、というのが自分のなかの強い思い。
そういう意味でトレーニングの中で意識していたことは、選手それぞれのスタイルを尊重しつつ、恐らくみんなの憧れの原点であろう「ボールを蹴る楽しさ」「ボールを扱う楽しさ」を伝えること。技術だけじゃないから「上手くしてあげる」って言ったら語弊があるけど、サッカーというゲームを上手くしてあげる、そのために、ボールを使ってトレーニングをするという意識。
というのも、選手にとっての日常は、試合じゃなくて練習。だから、試合がいくら上手くいっていたとしても、練習がつまんなかったり、必要以上に精神的負担が大きいと、選手にとっての日常が楽しくなくなっちゃう。心理的・肉体的負担をできるだけ削りながら、いかにサッカーにのめり込んでもらえるようになるか、みたいなところを工夫してやってた。
高橋:このスタンスは、指導の対象が例えば大学生からプロになったとしたら変わるものでしょうか?精神的負荷を高めたり、ボールを使わない練習を増やしたりだとか。
山口: 根底にあるのは一緒の思い。プロのサッカークラブは契約に基づいた事業として運営されているものだから、ただ楽しむっていうとこにはない責任が発生するわけで。当然、選手に対して色んな要求はしやすいと思う。
でも、プロのサッカー選手になるような人間って、サッカーに対して強い情熱だったり一種の愛をもっているとも思う。そういうサッカーに対する感情って、責任が増える立場に近い人ほど大きいと思うし、そういう場所であってほしい。サッカーが上手いぶん、色んなサッカーの楽しさを知っていると思うからこそ、その一番楽しかった瞬間をトレーニングの段階から感じてもらいたいな。
いくら結果に責任が伴うからと言って、そういった外発的なモチベーションの効果なんて高が知れていると思うから。やっぱり理想は、「サッカーが好き」「勝ちたい」っていう思いを刺激してあげて、選手の内発的モチベーションを引き出すのが、指導者としてあるべき姿だと思うし、そっちの方が強いチームになる。
ア式での経験
高橋:3年間指導してきたなかで、特に難しかったことは何ですか?
山口:こっちの選手のほうが頭の中ではサッカーに精通しているのに、勝てないのが難しかった。戦術を重視したトレーニングっていう性質上、ア式の選手たちはサッカーがどんなスポーツで、どういうプレーがいいプレーなのか理解してるんだよね。チャンスもあるしボールも持ってるのに、それを実行できない理不尽さを経験させてしまった。
けど驚いたのが、もちろん限界を感じたり心が折れそうになってる瞬間もあったと思うんだけど、やっぱりサッカーが好きなんだなっていう思いのほうが皆から強く感じられたところ。実力差っていうなかなか超えられない壁に対して、サッカーが好きだっていう思いを前にして踏ん張れたところに感心したし、すごいなって思った。
他の点に関しては恵まれていたと思う。かなりロジカルに意思決定がなされる組織だし、スタッフやアシスタントコーチにも恵まれている。特にテクニカルスタッフとかプロチームも羨むくらい沢山いるし。だから自分としてはすごい楽させてもらったなという感じ。スタッフが置いてくれるから、マーカーの置き方とかわかんないもん(笑)はじめは慣れるためにも置いてたけど、そこから指導を効率化させるために、スタッフにはかなり高い要求をしてたと思う。普通のマネージャーとは一線を画してるよね?
平岡:そうですね。メニューの配置を考えて実際にマーカーを置いていくのは、基本マネージャーの仕事なので、練習中は常に次のメニューのことを考えながら動く感じですね。練習が始まる前に、その日のメニューとにらめっこしながら配置とか導線を考えるのは、パズルを解く感覚に近いというか(笑)トレーニングの効率化、メニュー間のインターバルの短縮といった練習の質にスタッフの立ち回りが影響を与えるという点に関しては、責任感も勿論あって。けど、チームをサポートしているという実感ややりがいが感じられて、個人的には楽しくやってます。
山口:周りが本当によくサポートしてくれた。いろんな現場を観ていると、コーチが全部ひとりでやってるところが多くて、本当にみんな苦労している。そのせいで選手とのコミュニケーションとか分析が疎かになったりするリスクもある。そういう苦労をほぼせずにやってこれたのは、俺がコーディネートしたっていう側面もあるけれど、やっぱり皆が頑張ってくれたのが大きい。
高橋:では、3年間指導していて一番うれしかった瞬間は?
山口:いっぱいあるけどね(笑)もちろん優勝した時とか、成長を見込んでいた選手、後藤とか出射がいいプレーするようになるのも嬉しい。けど、それでも絶対やってくる終わりに対して「サッカー続けます」とか「サッカーめっちゃ好きでした」って言ってくれること。そういう意味では、スタッフも好きになっているはず。ベンチで試合を見て言う冗談に、マネージャーとかトレーナーの子たちが笑ってくれるのを見たときは嬉しかった。ちゃんとサッカー分かって見てるんだな、って。やっぱり、ただそこに来て水を汲むだけの人ではないわけで。だから、是非将来もサッカーに接点を持つスタッフが出てくれたら嬉しい。
個人的には、もともとサッカーが嫌いだった赤塚が辞めるときに、サッカー少し好きになったって言ってくれたのも嬉しかった。あと、地味に嬉しかったのは、1個上の先輩がOBコーチとして自分と一緒に1年間指導したことをきっかけに、社会人サッカークラブに入った時とか。
高橋:キャリア形成の視点から、ア式蹴球部での経験はどういう意義をもちますか?
山口:プロの指導者になろうと思ったときにア式を辞めても良かった。それでもア式で3年間やったのには理由があって。結構いい環境なんだよね。これ色んな人に推しても全然理解してもらえないんだけど(笑)
まず、大学サッカーって色んなしがらみから解放されているから、めっちゃ自由にできる。これはサッカー界ではなかなか稀有な環境だと思う。そのなかで、ある程度設備や人材も揃ってて、しかも自分みたいな学生あがりに任せてもらえる可能性があるところはア式くらいなんじゃないかな。一方で、他の強豪チームでやろうとしたら、いきなり監督は絶対に任せてもらえない。そこを学生主体に比較的ロジカルに決めてやってるのは面白いよね。
監督とそれ以外の役職は、もちろん全く別の職業で。だけど、フィジカルコーチや分析の職に将来就きたいと思っているなら、カテゴリーの低い場所で監督の経験をしておくことはとても大事。チーム全体に精通して、選手と面と向かって向き合って、責任を負わないといけないから。キャリア形成のうえでは、すごいプラスの経験になる。
だからこそ、ア式にはそこの出口を提供してほしい。ア式を選ぶインセンティブを高めるためにもね。筑波が人気の理由って、やっぱりキャリア形成に計算がたつところ。ア式に行けば、どこかに紹介してもらえる、っていう安心感を提供できれば最強だよね。そのためにも、いろんなコネクションをもって、人材を集めて、サッカー界に輩出する環境を整備するのが大事。
今後の展望
高橋:山口遼の今後の展望をお聞かせください。
山口:一旦来年はフリーになって、半年後か1年後に現場に入る可能性が高い。指導者の指導とかグラウンド事業とか、もともとやりたいことが割とあったから丁度よかった。仮に今後、指導者の職のオファーが来ない時期があっても揺るがない立場に立てるような、そんな準備の時期にしたい。
指導者になってからも、1つのチームを指導したら1年休む、みたいな働き方を真剣に検討している。自分の羽を伸ばすとともに、いろんな他の指導者に会ってアップデートしたりして。
中長期的な展望は、現場で活躍して、S級ライセンスをとって、30代前半にJリーグの監督になること。自分が日本サッカー界に与える影響は大きいはずだと感じている。まだ若くて、東大とアントラーズユースを経験して、今の日本のサッカーにはない概念を使ってチームを勝利に導く、っていうストーリーは面白いと思うし。
けどサッカー界に骨を埋めるつもりは全然なくて、40~45歳くらいでは引退したいな。
高橋:最終目標は日本代表監督?それともCLとかヨーロッパでの活躍でしょうか。
山口:監督としての最終目標は、ヨーロッパ。チャンスがあるならね。ヨーロッパで監督ライセンスを取るのは1つのキャリア設計の手でもあるけど、同時にすごい難しいこと。日本での監督としての手腕が評価されて、「山口のサッカーをうちのクラブでもやって欲しいんだよ」「ライセンスの壁も超えられるよ」って引き抜かれるレベルになりたい。
けど、それまではヨーロッパに行きたくはないかな。日本大好きなんだよね(笑)
さっきも言った通り、監督として一生を終えるつもりはないから、定期的に他の業界と関わりつつ監督期間を終えて、そこから他の業界で本格的にやっていく、というイメージは軽く描いてる感じ。
スポーツが社会に与える影響の大きさが、そのスポーツが社会的に保護されるかを左右すると思ってる。今のスポーツ業界からの発信は、全体的に再現性が無くて、はっきり言って社会的に影響を与えるレベルにはないと思う。だから、思ったよりお金が回ってこなかったり、思ったよりリスペクトを得られなかったり。けど、スポーツはもっと社会的に価値があるものだと俺は思っているから、いろんな人を巻き込んで、スポーツの本来の価値とか影響力を伝えていきたいなと。
高橋:最近、若手指導者が増えてきてますよね。これから指導者を目指すひとに向けて一言お願いします。
山口:選手から指導者に転身する人が多いと思うけど、選手と指導者に求められる能力には大きな隔たりがある。かなり色々勉強しないと務まらないと思うから、そこは覚悟をもってやって欲しい。誰でもできることをやるんじゃなくて、サッカーというスポーツをちゃんと理解して、勝利の可能性を1%でも高くできるようにすること。巷でライセンスをちゃんと取ろうと思ったらすごい時間かかるけど、ちゃんと自分で勉強したらもっと成長できるはず。自分で自覚をもって勉強してほしい。勉強の仕方が分からなかったら聞いてください(笑)
最後に
高橋:最後に、ア式へのメッセージをお願いします。
山口:変えるところは変えつつ、ぶれないところはぶれない、っていうバランスを大事にしてほしい。結果が出ないからといって本質的な部分をコロコロ変えてしまえば、結局上積みは得られないし、これは自分が見てきた色んな組織の失敗の原因にもなっていた。かといって、そこで何も変えないのももちろん良くない。時代のトレンドとか置かれた状況によって変えるところは変えつつ、自分たちのもっている本当に大事なところは大事にしてほしい。変えるにしても、熟慮を経たうえでの決断であってほしいな。サッカーを好きになるためにも、「ボールを使ってサッカーをする文化」は是非継承してほしいと思う。
サッカーを通してサッカーを好きになれる組織でいてください。ア式が良い組織である限り1人のサポーター、1人のOBとして応援し続けるつもり。頑張ってください!!
※本文中の写真は2019年度に撮影したものです。
現在中3の者です。色々と進路について悩みながら、東大のア式について調べていると、どうやら山口遼さんという面白そうなを展開しようとしている人がいることを知りました。その後、ア式の試合の中継を見たり、山口さんについて色々調べると、どうやら僕が好きなサッカーと似たものを目指していると分かり、山口さんが監督するア式に入ることが目標となりました。正直、山口さんがア式を辞めるのを知り、残念ですが、どうやらそんなもので左右されない組織になっているようで安心しました、と同時に、4年後、このチームを引っ張っていける存在になると固く決意しました。